残照の滑空機~第1章~
画像をくりっくするとおっきくなります。

~第1章~
結城浩嗣は夢を見ていた。
夢の中で結城は、妹の香苗の手をとり、待ってろ、兄ちゃんが必ず何とかしてやるから、いいか、ここから絶対動くんじゃないぞ、わかったな、わかったな香苗、と念を押すように何度もささやいていた。
香苗は不安げな表情を見せながらも、動かないよ、動かないから早く戻ってきて、と幼い口調で浩嗣にすがるような目を向ける。
逃げるんじゃない、俺は逃げるんじゃないんだ、とつぶやきながら、泣き出さんばかりの表情で結城は二階の窓から裏庭に飛び降りると、脱兎のごとく駆け出した。
結城の自宅の裏庭から町へと続く小道は、地元の人間しか知らない農道だ。
さすがの上陸部隊もこの道までは把握していないだろう。
転げまろびつ結城は、生い茂った背の高い木々に手足をうたれながら、懸命に農道をひた走った。
街には警察官のおじさんの家がある。
おじさんの家までたどり着ければ。
おじさんの助けがあれば、あるいは。
早くに両親をなくした浩嗣にとって、香苗は唯一の肉親だ。
香苗を失うこと、それは浩嗣にとって半身をもがれることにも似て恐怖そのものだった。
泣くな、今泣いてどうする、浩嗣。
泣いてる暇があったら走れ。
ぼんっ、と花火がはぜるような音がして、自宅のある辺りから火の手が上がったのは、ちょうど結城が農道を抜けたあたりでのことだった。
「か、香苗!香苗!っ」
自分の叫び声に驚いて、結城はがばりと身を起こす。
激しい動悸に呼吸を荒げながら結城は、わかっている、現実じゃない、もう何度も何度も繰り返し見た夢だ、と自分に言い聞かせていた。
一体いつになったらこの夢から開放されるのだろう、とつぶやいてみる。
そんな日は永遠に来ないのかもしれない。
自分の女々しさに舌打ちしようとして、結城はなぜか口の中が妙にじゃりじゃりするのを感じた。
そういえば体の節々もひどく痛む。
しかもなぜ自分は濡れネズミなんだ。
体の下にベッドはなく、天井がどこにも見当たらない。
待て、どうして僕は、青空の下、野外で寝そべっている?
ここはどこだ、と結城は半開きの目を何度かこする。
砂浜に打ち寄せる波と、遠く広がる海岸線。
状況を把握しようと、振り返った結城の目に飛び込んできたのは、砂浜を走る小さなカニのせわしげな狂態と、興味深げに結城を見つめる、しゃがみこんだ少女の不思議そうな顔だった。
「え、香苗・・・?」
現実と過去がオーバーラップする。
落ち着け浩嗣。
香苗のはずがない。
あれはもう過ぎた過去のことだ。
「・・・お嬢ちゃん、変なこと聞くけどさ、ここ、どこだろう?」
「・・・・・・・」
ニコニコと笑ったまま何も答えようとしない少女。
6~7歳ぐらいだろうか、もっと幼いような印象も受けなくはない。
少し丸顔だが、赤く染まった頬が愛らしい。
聞こえなかったのだろうか?と結城はもう一度同じ質問を繰り返す。
確か昨日の夜、寝床に入ったときは、船室の硬いベッドの上だったはずなのだ。
「あの、お嬢ちゃんはいつからここに居るの?ここどこかわかる?」
相変わらず、答えはない。
「その子はなにも答えられんよ。聾唖だ。聞こえないししゃべれない」
頭上から聞こえてきた声に頭を上げた結城の視界に飛び込んできたのは、真っ白な髭をたくわえた初老の男の姿だった。
男の憮然とした表情に幾分気おされて、結城は小さくすくみ上がる。
「え?聾唖・・・」
「・・・・厄介なことになったな・・・」
初老の男は少し表情を曇らせると、無遠慮に右手を差し出し、結城を無理矢理立ちあがらせた。
「・・・おそらくあんたの乗っていた船は難破したんだろう。このあたりは潮流が複雑な上、海面上からは見えない岩礁が海底にごろごろしているからな。付近の航海ルートを知るものは少ない。ましてや昨日はあの天候だ。地元の漁師でも船を出そうとはせんよ」
初老の男は結城を先導しながら、隘路を分けいって行く。
道に人の手で整備された痕跡はあったが、生い茂る野草や樹木にはばまれ、ひどく歩きにくいことこの上ない。
慣れた様子でひょいひょい歩みを進める男の姿が結城には、熟練のマタギのようにも見えた。
それにしてもこの風景は・・・。
裏庭から町へと続く小道もこんな感じじゃなかったか。
重なる符牒の数々に、結城は軽い眩暈を覚えていた。
「・・・入隊志願か?」
背中越しに男がぼそり、とつぶやく。
「・・・なんでわかるんですか・・・」
「昨日みたいな天候の日に船を出してこの海域を突破しようとするなんて、それしかありえんだろ。アメリカさんはこの海域のことを知らんし、知っててもノープロブレムで強行突破するだろうからな。戦局は芳しくないことだし・・・食い詰めたか、あんた」
「・・・今の日本に食い詰めてないやつなんて居ないでしょう」
「そりゃそうだ」
男が鼻で笑う。
「でもな、あんた、ラッキーだった、と思わなきゃならんぞ。沖合いで難破した船は海流に乗って必ずマリアナ海溝の方に押し流されるんだ。この島に漂着するなんて、まずありえないんだよ。信心が良かったのかなんだかわからんが、命が助かってよかったな」
「・・・・・・・」
助かったところでこれからどうすればいいのだ、とは口にしない。
まずは置かれた状況を把握するべきだろう。
「ここは一体どこなんですか・・・」
男に返答はない。
「さっき島、とおっしゃってましたよね。どこの島なんですか。僕が知る限りでは航行上の海図に島はなかったはずだ・・・」
「・・・あんた、名前は何と言う」
「結城です」
「そうか、結城か。いいか、結城君。君が命を長らえたことは確かだ。だがな、この島が君を歓迎している、と早合点はするな。これから君を案内するところの反応次第では君には再び島を出て行ってもらうことになるかもしれない。いいか、甘い考えは持つな」
「甘い考えって・・・」
何も判断材料を与えられていない立場で、甘いも辛いもない、と結城は思ったが、今騒ぎ立てたところで立場が好転するとも思えない。
押し黙ったままひたすら男の後に続く。
聾唖の少女が男の周りをぱたぱたと駆け回りながら、ちらちらと結城を盗み見し、興味深げに結城に笑顔を向ける。
つられて笑いそうになりながらも、結城は、少なくともまだ下関までは南下していなかったはずだ、地理的には四国近辺のはずだ、とこっそりあたりをつけていた。
「・・・あそこだ、結城君。まあ、あまり期待はするな」
突如途切れた道の奥に広がっていたのは、ちょっとした球場ほどはあろうかという整備された平地だった。
ログハウス風の木造家屋が並ぶ中、ひときわ大き目の1軒を男は指差していた。
「昭和村へようこそ、結城君」
2046年10月、まだ幾分暑さの残る朝方、結城は島での第1日目を困惑の中、迎えようとしていた。
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「とりあえず今日からこの部屋使ってくれたらいいから。昨日は寝苦しかったでしょ。あそこ村の会議場みたいな場所だから。ベッドも何もないしね」
大きく窓を開け放つと、亜紀子は結城に向かってにこりと微笑みかける。
「いや、馴れてますから、ああいうの」
なんのてらいもない健康美あふれる笑顔に、結城はどぎまぎと会釈を返す。
20代後半ぐらいだろうか。
すらりと伸びた長い手足とボーイッシュに切りそろえられた髪、まるで化粧っ気のないつるりとした顔立ちは、ともすれば高校生のようにも見えたが、立ち居振る舞いに学生にはない落ち着きがある。
結城が昨日まで生きてきた世界ではついぞ見かけなかったタイプだと言っていい。
結城の周りにいたのは、いかに男に依存して楽をするかという事しか考えていない女狐と街路に立つ売春婦だけだった。
戦火にみまわれて以来、多くのまともな女性はあるかなしかの伝手をたどり伴侶や恋人と外国に逃げたし、そうでない女性は甘言にそそのかされ、騙されて外国人に買われていった。
残ったのは女狐と売春婦だけ、というのも、ある意味わかりやすい淘汰といえる。
今の日本では、こすっからく、死人の懐でも躊躇なく探れる人間しか生きていけない。
「しかしまあ、良かったわね、とりあえず滞在が認められて。初めてのケースよ。そもそもお客さん自体がこの島では初めてなんだけれど」
自分で言ったセリフがおかしかったのか、亜紀子は口元を抑えてくすくす笑う。
「まあ・・そうですね。僕も色々意外でした」
結城は見るともなしに自分の足元に目線を向ける。
そこには結城の手をぎゅっと握り、にこにこと微笑む聾唖の少女、千紗の姿があった。
結城が昨日、初老の男、春日部に案内されたのは、島の長として全島民を統べる男、金沢の邸宅だった。
開口一番、金沢は苦虫を噛み潰したかのような表情で結城にこう告げる。
漂着したばかりのあんたにいうのは酷だが、悪いが出て行ってくれ。
この島はなにかと特殊なんだ。
新たに住民を受け入れる予定は今後一切ない。
船はこちらで用意する。
船着場まで案内させるから、そのまま何も聞かずに、すべてを見なかったことにしてはくれないか。
にべもない、とはこの事か。
だが結城はそんな金沢の言質を、格別非情であるとか温情に欠ける、といった風には思わなかった。
頑ななそぶりを鑑みるに、この島なら内地より、いい暮らしができるということなのかもしれないが、それもこのご時勢だ、大同小異、といったところだろう。
なにより結城は入隊すべく危険をかいくぐって神戸港から船に乗り込んだのだ。
その目的はまだ完遂されていない。
命が助かったのは僥倖と言えたが、助かったが故に結城はこんなところでまごまごしてはいられない、という思いに強く駆られていた。
島から出ることに特に異論があろうはずもない。
どうもすいません、とんだ闖入者でした、と頭を下げ、部屋を出て行こうとした時の事だった。
結城の後ろに、春日部に手を引かれて佇んでいた千紗が、突如顔をくしゃくしゃにして地団駄を踏み出したのである。
千沙は発せられぬ声にいらだち、伝わらぬ気持ちを全身で表現するかのように、大きく腕を振り上げ、足を踏み鳴らし、交互に春日部と金沢を見て、ぽろぽろと涙をこぼす。
それは大の男ですらひるみかねない剣幕といえた。
あわてたのは金沢である。
どうしたんだい千紗、なにが気に食わないんだい。
おろおろと春日部にすがるような目線を向ける金沢の姿は、先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わり、孫のご機嫌を必死で伺うおじいちゃんそのもの、だった。
どうなってるんだ春日部君、千沙は私達の会話の内容がわかってるのかい、この男を放り出すのが気に食わないとでもいうのかい?と金沢が当惑気味につぶやく。
さあ・・でもこの子は、異様に勘が鋭いところがありますから、と春日部。
結局おさまらぬ千紗の癇癪に根を上げた金沢が、しばらく様子を見て決める、といった途端、けろりと千紗は疳の虫を引っ込め、ニコニコと結城の足にしがみついたのだから、少女とはいえ現金なものである。
その姿は、本当に聾唖なのか?と結城が少し疑いかけたほどだ。
「・・・千紗ちゃんのおかげですよ」
「千紗はね、こっちがびっくりするぐらい人の心を見透かすからねー、結城君が気にいられたってことはきっと結城君自身にも千紗をほうっておけない、と思う気持ちがあった、ってことよ、きっと」
核心をつくかのような亜紀子のセリフに結城は思わず押し黙る。
僕はいつのまにか千紗と香苗を重ねて見ていたのだろうか。
その問いかけに対する答えは今の結城の中にはなかった。
「まあ、結城君も色々事情はあるかと思うけどさ、しばらくは千紗のためにも島に居てやってよ。出て行くのはいつでも出て行けるからさ。この島じーさんばーさんしか居ないから。若い人って珍しいのよ」
「そのことなんですけど亜紀子さん・・・」
「なに?」
ベッドのシーツを整えながら、亜紀子が背中越しに返事する。
「ここいったいどのあたりなんですか・・・。それに、なんでこの島だけ戦火に見舞われてないんですか・・・。ここに来るまでの道で銃痕や爆撃の後は一切見られなかった。物資に不自由しているようにも見受けられない。一体どうなってるんですか。そもそも米軍の海図にすら記載がないって・・・」
「ストップ」
振り向いた亜紀子の顔は幾分険しげだった。
「・・・結城君。それは私の口からは言えない。それにさ、それを知っちゃったらあなたもう、この島から出られなくなっちゃうよ。それはそれで幸せな人生かもしれないけどさ、あなたにはあなたの目的があるんでしょう?なにも聞かないほうがいいと思う」
一切の二の句を告げさせまいとする亜紀子の冷徹な口ぶりに、結城は気おされて目線を床に落す。
「・・・じゃあ、質問を変えます。千沙ちゃんの両親は?それに亜紀子さん、あなたはどういう立場の人なんですか」
「・・ふふ、結城君もなかなか粘り腰だねえ。まあいいか。千沙ちゃんはね、春日部さんの遠縁の娘さん。ご両親は・・生きておられるのかどうかわからない。私はね、春日部先生の助手。でもって島で唯一の生娘。他のかたがたはみんな50代から70代だからさしずめ島のアイドルってところかな。夜這いは勘弁してね。いくら私が魅力的だからって」
「何言ってるんですか!そんな元気ないですよ!」
「あら残念」
ひとしきり笑いあう結城と亜紀子。
つられてきゃっきゃっと千紗も破顔する。
「でもここは・・・本当に、別世界のようですね・・・」
結城は遠い目を窓の外に向けた。
_残照の滑空機~第2章~ へつづく_
story by "ネジバナ"様
画像をくりっくするとおっきくなります。


~第1章~
結城浩嗣は夢を見ていた。
夢の中で結城は、妹の香苗の手をとり、待ってろ、兄ちゃんが必ず何とかしてやるから、いいか、ここから絶対動くんじゃないぞ、わかったな、わかったな香苗、と念を押すように何度もささやいていた。
香苗は不安げな表情を見せながらも、動かないよ、動かないから早く戻ってきて、と幼い口調で浩嗣にすがるような目を向ける。
逃げるんじゃない、俺は逃げるんじゃないんだ、とつぶやきながら、泣き出さんばかりの表情で結城は二階の窓から裏庭に飛び降りると、脱兎のごとく駆け出した。
結城の自宅の裏庭から町へと続く小道は、地元の人間しか知らない農道だ。
さすがの上陸部隊もこの道までは把握していないだろう。
転げまろびつ結城は、生い茂った背の高い木々に手足をうたれながら、懸命に農道をひた走った。
街には警察官のおじさんの家がある。
おじさんの家までたどり着ければ。
おじさんの助けがあれば、あるいは。
早くに両親をなくした浩嗣にとって、香苗は唯一の肉親だ。
香苗を失うこと、それは浩嗣にとって半身をもがれることにも似て恐怖そのものだった。
泣くな、今泣いてどうする、浩嗣。
泣いてる暇があったら走れ。
ぼんっ、と花火がはぜるような音がして、自宅のある辺りから火の手が上がったのは、ちょうど結城が農道を抜けたあたりでのことだった。
「か、香苗!香苗!っ」
自分の叫び声に驚いて、結城はがばりと身を起こす。
激しい動悸に呼吸を荒げながら結城は、わかっている、現実じゃない、もう何度も何度も繰り返し見た夢だ、と自分に言い聞かせていた。
一体いつになったらこの夢から開放されるのだろう、とつぶやいてみる。
そんな日は永遠に来ないのかもしれない。
自分の女々しさに舌打ちしようとして、結城はなぜか口の中が妙にじゃりじゃりするのを感じた。
そういえば体の節々もひどく痛む。
しかもなぜ自分は濡れネズミなんだ。
体の下にベッドはなく、天井がどこにも見当たらない。
待て、どうして僕は、青空の下、野外で寝そべっている?
ここはどこだ、と結城は半開きの目を何度かこする。
砂浜に打ち寄せる波と、遠く広がる海岸線。
状況を把握しようと、振り返った結城の目に飛び込んできたのは、砂浜を走る小さなカニのせわしげな狂態と、興味深げに結城を見つめる、しゃがみこんだ少女の不思議そうな顔だった。
「え、香苗・・・?」
現実と過去がオーバーラップする。
落ち着け浩嗣。
香苗のはずがない。
あれはもう過ぎた過去のことだ。
「・・・お嬢ちゃん、変なこと聞くけどさ、ここ、どこだろう?」
「・・・・・・・」
ニコニコと笑ったまま何も答えようとしない少女。
6~7歳ぐらいだろうか、もっと幼いような印象も受けなくはない。
少し丸顔だが、赤く染まった頬が愛らしい。
聞こえなかったのだろうか?と結城はもう一度同じ質問を繰り返す。
確か昨日の夜、寝床に入ったときは、船室の硬いベッドの上だったはずなのだ。
「あの、お嬢ちゃんはいつからここに居るの?ここどこかわかる?」
相変わらず、答えはない。
「その子はなにも答えられんよ。聾唖だ。聞こえないししゃべれない」
頭上から聞こえてきた声に頭を上げた結城の視界に飛び込んできたのは、真っ白な髭をたくわえた初老の男の姿だった。
男の憮然とした表情に幾分気おされて、結城は小さくすくみ上がる。
「え?聾唖・・・」
「・・・・厄介なことになったな・・・」
初老の男は少し表情を曇らせると、無遠慮に右手を差し出し、結城を無理矢理立ちあがらせた。
「・・・おそらくあんたの乗っていた船は難破したんだろう。このあたりは潮流が複雑な上、海面上からは見えない岩礁が海底にごろごろしているからな。付近の航海ルートを知るものは少ない。ましてや昨日はあの天候だ。地元の漁師でも船を出そうとはせんよ」
初老の男は結城を先導しながら、隘路を分けいって行く。
道に人の手で整備された痕跡はあったが、生い茂る野草や樹木にはばまれ、ひどく歩きにくいことこの上ない。
慣れた様子でひょいひょい歩みを進める男の姿が結城には、熟練のマタギのようにも見えた。
それにしてもこの風景は・・・。
裏庭から町へと続く小道もこんな感じじゃなかったか。
重なる符牒の数々に、結城は軽い眩暈を覚えていた。
「・・・入隊志願か?」
背中越しに男がぼそり、とつぶやく。
「・・・なんでわかるんですか・・・」
「昨日みたいな天候の日に船を出してこの海域を突破しようとするなんて、それしかありえんだろ。アメリカさんはこの海域のことを知らんし、知っててもノープロブレムで強行突破するだろうからな。戦局は芳しくないことだし・・・食い詰めたか、あんた」
「・・・今の日本に食い詰めてないやつなんて居ないでしょう」
「そりゃそうだ」
男が鼻で笑う。
「でもな、あんた、ラッキーだった、と思わなきゃならんぞ。沖合いで難破した船は海流に乗って必ずマリアナ海溝の方に押し流されるんだ。この島に漂着するなんて、まずありえないんだよ。信心が良かったのかなんだかわからんが、命が助かってよかったな」
「・・・・・・・」
助かったところでこれからどうすればいいのだ、とは口にしない。
まずは置かれた状況を把握するべきだろう。
「ここは一体どこなんですか・・・」
男に返答はない。
「さっき島、とおっしゃってましたよね。どこの島なんですか。僕が知る限りでは航行上の海図に島はなかったはずだ・・・」
「・・・あんた、名前は何と言う」
「結城です」
「そうか、結城か。いいか、結城君。君が命を長らえたことは確かだ。だがな、この島が君を歓迎している、と早合点はするな。これから君を案内するところの反応次第では君には再び島を出て行ってもらうことになるかもしれない。いいか、甘い考えは持つな」
「甘い考えって・・・」
何も判断材料を与えられていない立場で、甘いも辛いもない、と結城は思ったが、今騒ぎ立てたところで立場が好転するとも思えない。
押し黙ったままひたすら男の後に続く。
聾唖の少女が男の周りをぱたぱたと駆け回りながら、ちらちらと結城を盗み見し、興味深げに結城に笑顔を向ける。
つられて笑いそうになりながらも、結城は、少なくともまだ下関までは南下していなかったはずだ、地理的には四国近辺のはずだ、とこっそりあたりをつけていた。
「・・・あそこだ、結城君。まあ、あまり期待はするな」
突如途切れた道の奥に広がっていたのは、ちょっとした球場ほどはあろうかという整備された平地だった。
ログハウス風の木造家屋が並ぶ中、ひときわ大き目の1軒を男は指差していた。
「昭和村へようこそ、結城君」
2046年10月、まだ幾分暑さの残る朝方、結城は島での第1日目を困惑の中、迎えようとしていた。
画像をくりっくするとおっきくなります。

「とりあえず今日からこの部屋使ってくれたらいいから。昨日は寝苦しかったでしょ。あそこ村の会議場みたいな場所だから。ベッドも何もないしね」
大きく窓を開け放つと、亜紀子は結城に向かってにこりと微笑みかける。
「いや、馴れてますから、ああいうの」
なんのてらいもない健康美あふれる笑顔に、結城はどぎまぎと会釈を返す。
20代後半ぐらいだろうか。
すらりと伸びた長い手足とボーイッシュに切りそろえられた髪、まるで化粧っ気のないつるりとした顔立ちは、ともすれば高校生のようにも見えたが、立ち居振る舞いに学生にはない落ち着きがある。
結城が昨日まで生きてきた世界ではついぞ見かけなかったタイプだと言っていい。
結城の周りにいたのは、いかに男に依存して楽をするかという事しか考えていない女狐と街路に立つ売春婦だけだった。
戦火にみまわれて以来、多くのまともな女性はあるかなしかの伝手をたどり伴侶や恋人と外国に逃げたし、そうでない女性は甘言にそそのかされ、騙されて外国人に買われていった。
残ったのは女狐と売春婦だけ、というのも、ある意味わかりやすい淘汰といえる。
今の日本では、こすっからく、死人の懐でも躊躇なく探れる人間しか生きていけない。
「しかしまあ、良かったわね、とりあえず滞在が認められて。初めてのケースよ。そもそもお客さん自体がこの島では初めてなんだけれど」
自分で言ったセリフがおかしかったのか、亜紀子は口元を抑えてくすくす笑う。
「まあ・・そうですね。僕も色々意外でした」
結城は見るともなしに自分の足元に目線を向ける。
そこには結城の手をぎゅっと握り、にこにこと微笑む聾唖の少女、千紗の姿があった。
結城が昨日、初老の男、春日部に案内されたのは、島の長として全島民を統べる男、金沢の邸宅だった。
開口一番、金沢は苦虫を噛み潰したかのような表情で結城にこう告げる。
漂着したばかりのあんたにいうのは酷だが、悪いが出て行ってくれ。
この島はなにかと特殊なんだ。
新たに住民を受け入れる予定は今後一切ない。
船はこちらで用意する。
船着場まで案内させるから、そのまま何も聞かずに、すべてを見なかったことにしてはくれないか。
にべもない、とはこの事か。
だが結城はそんな金沢の言質を、格別非情であるとか温情に欠ける、といった風には思わなかった。
頑ななそぶりを鑑みるに、この島なら内地より、いい暮らしができるということなのかもしれないが、それもこのご時勢だ、大同小異、といったところだろう。
なにより結城は入隊すべく危険をかいくぐって神戸港から船に乗り込んだのだ。
その目的はまだ完遂されていない。
命が助かったのは僥倖と言えたが、助かったが故に結城はこんなところでまごまごしてはいられない、という思いに強く駆られていた。
島から出ることに特に異論があろうはずもない。
どうもすいません、とんだ闖入者でした、と頭を下げ、部屋を出て行こうとした時の事だった。
結城の後ろに、春日部に手を引かれて佇んでいた千紗が、突如顔をくしゃくしゃにして地団駄を踏み出したのである。
千沙は発せられぬ声にいらだち、伝わらぬ気持ちを全身で表現するかのように、大きく腕を振り上げ、足を踏み鳴らし、交互に春日部と金沢を見て、ぽろぽろと涙をこぼす。
それは大の男ですらひるみかねない剣幕といえた。
あわてたのは金沢である。
どうしたんだい千紗、なにが気に食わないんだい。
おろおろと春日部にすがるような目線を向ける金沢の姿は、先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わり、孫のご機嫌を必死で伺うおじいちゃんそのもの、だった。
どうなってるんだ春日部君、千沙は私達の会話の内容がわかってるのかい、この男を放り出すのが気に食わないとでもいうのかい?と金沢が当惑気味につぶやく。
さあ・・でもこの子は、異様に勘が鋭いところがありますから、と春日部。
結局おさまらぬ千紗の癇癪に根を上げた金沢が、しばらく様子を見て決める、といった途端、けろりと千紗は疳の虫を引っ込め、ニコニコと結城の足にしがみついたのだから、少女とはいえ現金なものである。
その姿は、本当に聾唖なのか?と結城が少し疑いかけたほどだ。
「・・・千紗ちゃんのおかげですよ」
「千紗はね、こっちがびっくりするぐらい人の心を見透かすからねー、結城君が気にいられたってことはきっと結城君自身にも千紗をほうっておけない、と思う気持ちがあった、ってことよ、きっと」
核心をつくかのような亜紀子のセリフに結城は思わず押し黙る。
僕はいつのまにか千紗と香苗を重ねて見ていたのだろうか。
その問いかけに対する答えは今の結城の中にはなかった。
「まあ、結城君も色々事情はあるかと思うけどさ、しばらくは千紗のためにも島に居てやってよ。出て行くのはいつでも出て行けるからさ。この島じーさんばーさんしか居ないから。若い人って珍しいのよ」
「そのことなんですけど亜紀子さん・・・」
「なに?」
ベッドのシーツを整えながら、亜紀子が背中越しに返事する。
「ここいったいどのあたりなんですか・・・。それに、なんでこの島だけ戦火に見舞われてないんですか・・・。ここに来るまでの道で銃痕や爆撃の後は一切見られなかった。物資に不自由しているようにも見受けられない。一体どうなってるんですか。そもそも米軍の海図にすら記載がないって・・・」
「ストップ」
振り向いた亜紀子の顔は幾分険しげだった。
「・・・結城君。それは私の口からは言えない。それにさ、それを知っちゃったらあなたもう、この島から出られなくなっちゃうよ。それはそれで幸せな人生かもしれないけどさ、あなたにはあなたの目的があるんでしょう?なにも聞かないほうがいいと思う」
一切の二の句を告げさせまいとする亜紀子の冷徹な口ぶりに、結城は気おされて目線を床に落す。
「・・・じゃあ、質問を変えます。千沙ちゃんの両親は?それに亜紀子さん、あなたはどういう立場の人なんですか」
「・・ふふ、結城君もなかなか粘り腰だねえ。まあいいか。千沙ちゃんはね、春日部さんの遠縁の娘さん。ご両親は・・生きておられるのかどうかわからない。私はね、春日部先生の助手。でもって島で唯一の生娘。他のかたがたはみんな50代から70代だからさしずめ島のアイドルってところかな。夜這いは勘弁してね。いくら私が魅力的だからって」
「何言ってるんですか!そんな元気ないですよ!」
「あら残念」
ひとしきり笑いあう結城と亜紀子。
つられてきゃっきゃっと千紗も破顔する。
「でもここは・・・本当に、別世界のようですね・・・」
結城は遠い目を窓の外に向けた。
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残照の滑空機~第2章~
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~第2章~
きっかけはほんの小さなアクシデントだった。
その頃にはほとんど報道されることもなくなっていた福島第一原発の廃炉事業。
2011年からおよそ23年で終了すると試算されていた廃炉計画は、定まらぬ作業方針に次々と延期を余儀なくされ23年を経ても一向に収束の兆しを見せていなかった。
ままならぬ進捗状況に焦りもあったのかもしれない。
移送途中だった使用済み核燃料棒が不運にもデブリの上に落下した。
原因はいまだ不明だ。
クレーンの管理は万全だった、と東電側は主張、人為ミスを繰り返し広報するが、未曾有の核爆発の後で背広組の戯言に耳を貸す国民など1人もいなかったことは確かである。
このことにより、東日本は首都東京も含め、ほぼ壊滅、人の住める状態ではなくなり、恐るべき線量の放射能は偏西風に乗って全世界に撒き散らされる。
政府は臨時政権を大阪に樹立する、と発表するが、この混乱に乗じて日本海から内陸部へと侵攻して来たのが隣国中国であった。
事故により、人口の2/5を失っていた日本は、指令系統の混乱もあいまって、なすすべもなく西日本のほぼ全域を人民軍によって制圧される。
当時の中国国家主席の言い分は、原発をコントールできずに放射能を世界にまき散らかした日本をこのまま放置するわけにはいかない、元々日本列島はわが国の所有領土である、であった。
もちろん日本の同盟国であるアメリカがそれを指をくわえたまま黙ってみているはずがない。
アメリカは福岡に傀儡政権を樹立。
日本政府は福岡を拠点に新たな国家運営を継続する、と宣言。
中国のやり方は民主主義に反するものだ、と激しく批判、下関を境にして両大国が火花を散らす事態となる。
問題は真正面から両大国がやりあえないことにあった。
中国とアメリカが戦火を交える、となれば、それはすなわち第3次世界大戦に直結する事態となる。
犠牲になったのは傀儡政権である首都福岡の日本人であった。
ゲリラ的にちょっかいを出し続ける中国に対抗し、常に最前線に立たされたのは3食寝床付を餌に日本中からかき集められた日本人兵であった。
戦局は収束の気配を見せず、すでに1年が経過。
深刻な放射能汚染は誰の手にもおえず、日々その深刻さの度合いを増していったが、今日の被爆より明日の飯を合言葉に、日本人は日々その数を減らし続けていた。
熱心に砂をこねあげながら、城らしきものを作る千紗を目線の隅でとらえつつ、浜辺に座り込んだ結城は、特に何をするでもなく海風に身を任せる。
時折結城の方に顔を向け、身振り手振りで何かを伝えようとする千紗に微笑みで相槌を打ちながら、こんな時間をすごすのはいつ以来だろう、と結城は過去をかいつまむ。
香苗を失った結城のその後に待っていたものは、ただ命をつなぐために他人を押しのけて食料を奪い合う日々だった。
少しの油断と同情心が、明日の自分の飢えにつながる。
わずか18歳の結城が1人で生きていくには、あまりに世界は過酷で容赦がなかった。
だがそれでも結城が心手折られずに、歯を食いしばり、生きよう、と抗い続けられたのは、ひとえに、このまま済ますわけにはいかない、という思いが心の奥底にずっとくすぶっていたおかげだった。
香苗、香苗、兄ちゃんは無力だけど、必ずお前の敵だけはうってやるからな。
その一念だけが彼をここまで生きながらえさせていた、といっていい。
なのにこの島はどうだ。
周りを警戒する必要もなく、無邪気に遊ぶ千紗。
豊富な食料と、整備されたライフライン。
結城をギリギリの境界で奮い立たせていた反骨心がふとした瞬間に緩みそうになるのを、わずか3日目にして彼は感じ始めていた。
それにしてもこの島は思った以上にちゃんとしている、と結城は1人、物思いに耽る。
水こそ井戸水と山間から流れ落ちる清水に頼るしかなかったが、結城を驚かせたのはガス、電気が完備されていることだった。
内地でも電気の供給は安定していないし、ガスはプロパンが主流。
なぜこんな小さな島で使用制限を設けることなく電気、ガスが使い放題なのか。
ただ、この島はそれらライフラインを含めた身のまわりのテクノロジーを一定以上最新化させまい、とする傾向がどこかあった。
昨日、あの、ウェアラブル端末があれば、使いたいんですが、と申し出た結城に、返ってきた答えは、この島では一部の人間しかネットにアクセスすることを許可されていない、であった。
よく観察すると、電気製品もどこか旧式なものが多かった。
洗濯機は2槽式、風呂はシャワー不在の浴槽のみ、IHクッキングヒーターもなければ、電子レンジもない。
意図的に極めて質素に、最低限の生活が送れるだけの調整がなされた痕跡がどこかにあった。
それがいったいなぜなのか、今の結城に探るすべはない。
「ちょっとおなかすいたね、千紗」
聞こえていないのを承知でつぶやく。
千紗に引きずられ海岸に来たのが午前10時ごろだったから、もう時間は昼前に近いはずだ。
決まった時間におなかが鳴る、という感覚自体が結城にとっては懐かしいものではあったが。
千紗はきょとんとしたような表情を結城に向けると、ふいに合点したように立ち上がり、もみじのような小さな手を振ると、結城についてこい、とばかり駆け出した。
「ちょ、ちょっとどこいくの、千紗ちゃん」
あわてて後に続く結城。
あっという間に千紗の姿は潅木の茂みの中に消えていく。
画像をくりっくするとおっきくなります。

息を切らした結城がようやく千紗に追いついたのは、山すそにひっそりともうけられた、頑丈そうな鉄の扉の前。
千紗はニコニコと笑いながら扉を指差す。
「え、ここに入れ、ってこと?」
変わらず扉を指差したままの千紗。
扉は施錠されていなかった。
わずかな逡巡の末、押し開けた扉の向こう側に現れたのは、等間隔にぶら下げられた電球に照らされた、地下へと続く階段だった。
「いいのかな・・・ここ入って」
勝手知ったる様子で先に階段を駆け下りていく千紗。
「ああっ、ちょっと千紗ちゃん!」
千紗を追い、階段を駆け下りる結城。
予想していたより長い階段が途切れた先に広がっていた空間は結城の口をぽかんと、開かせるに充分な圧巻の光景であった。
「なんだこれ・・・・」
赤褐色の光に照らされた巨大な地下空洞の中で、雑多な葉菜類が青々と繁茂している。
手前で葉を広げるのはほうれん草か?
よく見るとリーフレタスらしきものや、ダイコン、人参、といった根菜類もある。
奥にあるのはリンゴ?イチゴ?
およそ収穫期がまるで違うであろうと思われる食用野菜や果物が、台座の上に設置された枡状の鉢から茎を伸ばし収穫を待たんばかりの状態でその身を実らせていた。
「・・・これは・・・農場?工場?」
「あんた誰?」
「わっ!」
呆然と視線を泳がせる結城の背後、通路の隙間から突如顔をのぞかせたのは作業服らしきものを着込んだ腰の曲がった薄汚いじいさんだった。
見事に禿げ上がったシミだらけの頭頂部がてらてらと照明を反射して目にまぶしい。
70歳は超えているだろうか。
「あ、いや、その説明しにくいんですが、その、怪しいものじゃなくて」
「怪しくないわけないじゃない。この島は年寄りしか居ないんだから。どうやってここまでやってきたのかわかんないけど、なに?スパイかなんか?あ、でもあなた日本語よね?」
なぜオネエ口調?
外見にそぐわぬ話しぶりに、結城はかるく背筋が怖気立つのを感じる。
「あーでも若い男久しぶりに見た。ああほんと久しぶり。うん久しぶり」
とろんとした目つきで爺さんが鼻毛をそよがせながら結城ににじり寄ってくる。
「いやちょっと、なに。あなたなんなんですか」
「まあいいじゃない。ね。ね。ね。ちょっとこっちいらっしゃいよ。いいから。うん、いいから」
「よかないよ!なにもいいことなんてないよ!ちょっと!こら!寄るな!触るなって!こら!」
ふいにじいさんの体ががくん、と後にバランスを崩す。
千紗だった。
作業服の裾を掴みながら、凍てつくような無表情な目がじいさんを静かに見上げている。
「あ、ああ、ごめん、ごめんなさい。千紗の知り合いだったの?ごめんごめん?やあねえ、何もしやしないわよ、ばかねえ、ほんとにもう、あは、あはは」
じいさんはひどく狼狽すると、慌てたように作業服の埃を払う。
どうやらこの島における絶対君主は金沢ではなく千紗であるようだ。
「なんだもう千紗のお客さんだったの?よくわかんないけど。それなら大歓迎よ。まあそのなんだ、座って頂戴。何もないけどよかったらそこのトマトでもどう?おほほほほほほ」
本当に気味が悪い。
千紗がもいできたリンゴやトマトを口にしながら、結城がじいさんから聞いたのは、ここは島の植物工場である、という事実だった。
植物工場のプラン自体は1950年後半からすでに海外で論議され始めていた。
2000年代前半には一部の種類で実際に栽培が開始されている。
土を使わず特殊な養液と人口光を用い、閉鎖空間で食用植物を栽培する。
市場に流通させるにはコストがかかりすぎるのが問題点であったが、それも島の食料をまかなうだけなら帳尻は合うだろう。
ただ、驚くべきは設備の充実ぶりはもとより、やはり種類の豊富さ、だった。
じいさんは、すべての秘密はここにしかないこの養液と、特殊な発光ダイオードにある、と言い放った。
ただそれがどのようなものなのかはじいさんも詳しくは知らないらしい。
ここはねー専門家がいっぱい居るからね~とじいさんはフゴフゴ笑う。
このじいさんもなにかの専門家なのだろうか、と結城は疑問に思ったが、後に何のとりえもないただの素人であったことが判明する。
我々が住み着く以前から居た不法滞在者だよ、追い出すのも気の毒だから使ってやっている、と春日部は苦笑いで語った。
ところでさ、あなたロックは好き?とふいに真剣なまなざしをじいさんが結城に向けたときのことだった。
けたたましく階段を駆け下りる音が場内に響き、植物工場プラント入り口から亜紀子が息せき切って顔をのぞかせる。
「大変よ!海岸に難破船が漂着した!プラント施錠して自宅待機しろ、って金沢さんが・・・ああもう・・・なんであんたたちがここに居るのよ・・・・」
大きく肩を上下させながらうんざりした表情で結城を見つめる亜紀子。
「・・・余計な好奇心は身を滅ぼす、って習わなかった?結城君」
「いやこれは、好奇心とかそういうのじゃなくて・・・」
「まあいいわ、一緒に来て」
亜紀子の後について階段を駆け上がる一行。
「・・・あなたが漂着してきたのはなにか兆しだったのかもね・・・」
先頭を駆けながらぽつりとつぶやく亜紀子。
結城に返す言葉はない。
「ちょっと!早く!もたもたしないでネジバ・・」
亜紀子が最後尾の老人に声を張り上げ、すべてを言い切らぬ内に、それは起こった。
どおん、と爆発音がしたかと思うと、地の底からわきあがって来るように激しい揺れが地下通路を襲う。
結城はあわてて千紗を抱き寄せると、舞い上がる土ぼこりに咳き込みながら、力任せに扉に体当たりした。
「これは・・・」
植物工場から脱出した結城たちの眼に飛び込んできたのは、わずか1キロほど離れた浜辺で転覆し火を吹き上げる巨大な貨物船の姿だった。
船腹に中国文字が見える。
先ほどの振動はこの貨物船が爆発したことによるもの、だったようだ。
「すいません、僕ちょっと近くまで行って来ます!」
「あ、結城君!」
千紗を亜紀子に預けると、結城は茂みをかき分け海岸へと走った。
近づけば近づくほど貨物船の巨大さに圧倒される。
20万トンクラスの大型タンカーだ。
遠巻きに島の住人が集まっているのがわかる。
結城はその中に見知った顔を見つけると、後ろから声をかけた。
「春日部さん!」
「ああ、君か・・・」
ひどく動揺した表情を結城に向ける春日部。
「なんなんですか・・・これ・・・」
「わしにもよくわからん。だが・・・外装の損傷具合から見るに、昨日今日難破した船ではなさそうだな・・。おそらく商船だと思うんだが・・・何らかの原因で転覆して、半分沈みながら漂流した挙句、この島に流されてきた・・・ように見える」
春日部の目線はタンカーから離れない。
「でも春日部さん、この島の周辺は海流が特殊なんでしょ?僕がこの島に来たとき、普通なら漂着することはない、って言ってたじゃないですか・・・」
「それはそうなんだが・・・ひょっとすると海流が変わったのかもしれん・・・東日本を壊滅させた未曾有の核爆発の後だからな。これまでになかったことがおきても不思議はなかろう」
どうやらタンカーに人は乗っていないようだった。
何かが動く気配はまるでない。
死に絶えたのか、それとも全員の脱出が終わった後なのか。
小さな爆発を繰り返しながら、タンカーの火は一向に収まることなく、更なる爆煙をもうもうと空に舞い上げ続けていた。
「しかしこれは・・・まずいことになった・・・」
「なにがですか」
ふいに真剣な表情で結城を見つめる春日部。
「結城君・・・我々はもう君をこの島から外に出してやることができなくなったかもしれん・・・」
「え、それはどういう・・・」
「結城君、この船はおそらく接岸のショックで船内に残った燃料が引火して爆発したのだろうと私は思う。そして重要なのはな、結城君、我々には、この火を消し止める手立てはない、という事だよ。この島には警察も消防も存在しないからな。それがどういうことかわかるかね?地図にもなく、GPSからも存在を抹消されているこの島が全世界に向けて物理的に存在をアピールしている、という事だよ。おそらくこの火に人民軍が気づかない、という事はありえないだろう・・・ひょっとするともうすでに戦闘機なり軍用船なりがこの島に向かって進んできているかもしれない。ははっ、こういう形でこんなにも早く終わりが来るとはな・・・・」
掌を額に当て自嘲気味に春日部は吐き捨てる。
「春日部さん・・・」
「・・・なんだね」
「すべて話してもらえませんか。このまま、何もしらないまま軍隊に蹂躙されるのは納得いきません。ここに居る以上、僕にも知る権利はあるはずだ」
「・・・いいだろう。こうなってはもう秘密もクソもないしな」
春日部は踵を返すと、顎で結城について来るよう合図した。
_残照の滑空機~第3章~ へつづく_
story by "ネジバナ"様
画像をくりっくするとおっきくなります。


~第2章~
きっかけはほんの小さなアクシデントだった。
その頃にはほとんど報道されることもなくなっていた福島第一原発の廃炉事業。
2011年からおよそ23年で終了すると試算されていた廃炉計画は、定まらぬ作業方針に次々と延期を余儀なくされ23年を経ても一向に収束の兆しを見せていなかった。
ままならぬ進捗状況に焦りもあったのかもしれない。
移送途中だった使用済み核燃料棒が不運にもデブリの上に落下した。
原因はいまだ不明だ。
クレーンの管理は万全だった、と東電側は主張、人為ミスを繰り返し広報するが、未曾有の核爆発の後で背広組の戯言に耳を貸す国民など1人もいなかったことは確かである。
このことにより、東日本は首都東京も含め、ほぼ壊滅、人の住める状態ではなくなり、恐るべき線量の放射能は偏西風に乗って全世界に撒き散らされる。
政府は臨時政権を大阪に樹立する、と発表するが、この混乱に乗じて日本海から内陸部へと侵攻して来たのが隣国中国であった。
事故により、人口の2/5を失っていた日本は、指令系統の混乱もあいまって、なすすべもなく西日本のほぼ全域を人民軍によって制圧される。
当時の中国国家主席の言い分は、原発をコントールできずに放射能を世界にまき散らかした日本をこのまま放置するわけにはいかない、元々日本列島はわが国の所有領土である、であった。
もちろん日本の同盟国であるアメリカがそれを指をくわえたまま黙ってみているはずがない。
アメリカは福岡に傀儡政権を樹立。
日本政府は福岡を拠点に新たな国家運営を継続する、と宣言。
中国のやり方は民主主義に反するものだ、と激しく批判、下関を境にして両大国が火花を散らす事態となる。
問題は真正面から両大国がやりあえないことにあった。
中国とアメリカが戦火を交える、となれば、それはすなわち第3次世界大戦に直結する事態となる。
犠牲になったのは傀儡政権である首都福岡の日本人であった。
ゲリラ的にちょっかいを出し続ける中国に対抗し、常に最前線に立たされたのは3食寝床付を餌に日本中からかき集められた日本人兵であった。
戦局は収束の気配を見せず、すでに1年が経過。
深刻な放射能汚染は誰の手にもおえず、日々その深刻さの度合いを増していったが、今日の被爆より明日の飯を合言葉に、日本人は日々その数を減らし続けていた。
熱心に砂をこねあげながら、城らしきものを作る千紗を目線の隅でとらえつつ、浜辺に座り込んだ結城は、特に何をするでもなく海風に身を任せる。
時折結城の方に顔を向け、身振り手振りで何かを伝えようとする千紗に微笑みで相槌を打ちながら、こんな時間をすごすのはいつ以来だろう、と結城は過去をかいつまむ。
香苗を失った結城のその後に待っていたものは、ただ命をつなぐために他人を押しのけて食料を奪い合う日々だった。
少しの油断と同情心が、明日の自分の飢えにつながる。
わずか18歳の結城が1人で生きていくには、あまりに世界は過酷で容赦がなかった。
だがそれでも結城が心手折られずに、歯を食いしばり、生きよう、と抗い続けられたのは、ひとえに、このまま済ますわけにはいかない、という思いが心の奥底にずっとくすぶっていたおかげだった。
香苗、香苗、兄ちゃんは無力だけど、必ずお前の敵だけはうってやるからな。
その一念だけが彼をここまで生きながらえさせていた、といっていい。
なのにこの島はどうだ。
周りを警戒する必要もなく、無邪気に遊ぶ千紗。
豊富な食料と、整備されたライフライン。
結城をギリギリの境界で奮い立たせていた反骨心がふとした瞬間に緩みそうになるのを、わずか3日目にして彼は感じ始めていた。
それにしてもこの島は思った以上にちゃんとしている、と結城は1人、物思いに耽る。
水こそ井戸水と山間から流れ落ちる清水に頼るしかなかったが、結城を驚かせたのはガス、電気が完備されていることだった。
内地でも電気の供給は安定していないし、ガスはプロパンが主流。
なぜこんな小さな島で使用制限を設けることなく電気、ガスが使い放題なのか。
ただ、この島はそれらライフラインを含めた身のまわりのテクノロジーを一定以上最新化させまい、とする傾向がどこかあった。
昨日、あの、ウェアラブル端末があれば、使いたいんですが、と申し出た結城に、返ってきた答えは、この島では一部の人間しかネットにアクセスすることを許可されていない、であった。
よく観察すると、電気製品もどこか旧式なものが多かった。
洗濯機は2槽式、風呂はシャワー不在の浴槽のみ、IHクッキングヒーターもなければ、電子レンジもない。
意図的に極めて質素に、最低限の生活が送れるだけの調整がなされた痕跡がどこかにあった。
それがいったいなぜなのか、今の結城に探るすべはない。
「ちょっとおなかすいたね、千紗」
聞こえていないのを承知でつぶやく。
千紗に引きずられ海岸に来たのが午前10時ごろだったから、もう時間は昼前に近いはずだ。
決まった時間におなかが鳴る、という感覚自体が結城にとっては懐かしいものではあったが。
千紗はきょとんとしたような表情を結城に向けると、ふいに合点したように立ち上がり、もみじのような小さな手を振ると、結城についてこい、とばかり駆け出した。
「ちょ、ちょっとどこいくの、千紗ちゃん」
あわてて後に続く結城。
あっという間に千紗の姿は潅木の茂みの中に消えていく。
画像をくりっくするとおっきくなります。

息を切らした結城がようやく千紗に追いついたのは、山すそにひっそりともうけられた、頑丈そうな鉄の扉の前。
千紗はニコニコと笑いながら扉を指差す。
「え、ここに入れ、ってこと?」
変わらず扉を指差したままの千紗。
扉は施錠されていなかった。
わずかな逡巡の末、押し開けた扉の向こう側に現れたのは、等間隔にぶら下げられた電球に照らされた、地下へと続く階段だった。
「いいのかな・・・ここ入って」
勝手知ったる様子で先に階段を駆け下りていく千紗。
「ああっ、ちょっと千紗ちゃん!」
千紗を追い、階段を駆け下りる結城。
予想していたより長い階段が途切れた先に広がっていた空間は結城の口をぽかんと、開かせるに充分な圧巻の光景であった。
「なんだこれ・・・・」
赤褐色の光に照らされた巨大な地下空洞の中で、雑多な葉菜類が青々と繁茂している。
手前で葉を広げるのはほうれん草か?
よく見るとリーフレタスらしきものや、ダイコン、人参、といった根菜類もある。
奥にあるのはリンゴ?イチゴ?
およそ収穫期がまるで違うであろうと思われる食用野菜や果物が、台座の上に設置された枡状の鉢から茎を伸ばし収穫を待たんばかりの状態でその身を実らせていた。
「・・・これは・・・農場?工場?」
「あんた誰?」
「わっ!」
呆然と視線を泳がせる結城の背後、通路の隙間から突如顔をのぞかせたのは作業服らしきものを着込んだ腰の曲がった薄汚いじいさんだった。
見事に禿げ上がったシミだらけの頭頂部がてらてらと照明を反射して目にまぶしい。
70歳は超えているだろうか。
「あ、いや、その説明しにくいんですが、その、怪しいものじゃなくて」
「怪しくないわけないじゃない。この島は年寄りしか居ないんだから。どうやってここまでやってきたのかわかんないけど、なに?スパイかなんか?あ、でもあなた日本語よね?」
なぜオネエ口調?
外見にそぐわぬ話しぶりに、結城はかるく背筋が怖気立つのを感じる。
「あーでも若い男久しぶりに見た。ああほんと久しぶり。うん久しぶり」
とろんとした目つきで爺さんが鼻毛をそよがせながら結城ににじり寄ってくる。
「いやちょっと、なに。あなたなんなんですか」
「まあいいじゃない。ね。ね。ね。ちょっとこっちいらっしゃいよ。いいから。うん、いいから」
「よかないよ!なにもいいことなんてないよ!ちょっと!こら!寄るな!触るなって!こら!」
ふいにじいさんの体ががくん、と後にバランスを崩す。
千紗だった。
作業服の裾を掴みながら、凍てつくような無表情な目がじいさんを静かに見上げている。
「あ、ああ、ごめん、ごめんなさい。千紗の知り合いだったの?ごめんごめん?やあねえ、何もしやしないわよ、ばかねえ、ほんとにもう、あは、あはは」
じいさんはひどく狼狽すると、慌てたように作業服の埃を払う。
どうやらこの島における絶対君主は金沢ではなく千紗であるようだ。
「なんだもう千紗のお客さんだったの?よくわかんないけど。それなら大歓迎よ。まあそのなんだ、座って頂戴。何もないけどよかったらそこのトマトでもどう?おほほほほほほ」
本当に気味が悪い。
千紗がもいできたリンゴやトマトを口にしながら、結城がじいさんから聞いたのは、ここは島の植物工場である、という事実だった。
植物工場のプラン自体は1950年後半からすでに海外で論議され始めていた。
2000年代前半には一部の種類で実際に栽培が開始されている。
土を使わず特殊な養液と人口光を用い、閉鎖空間で食用植物を栽培する。
市場に流通させるにはコストがかかりすぎるのが問題点であったが、それも島の食料をまかなうだけなら帳尻は合うだろう。
ただ、驚くべきは設備の充実ぶりはもとより、やはり種類の豊富さ、だった。
じいさんは、すべての秘密はここにしかないこの養液と、特殊な発光ダイオードにある、と言い放った。
ただそれがどのようなものなのかはじいさんも詳しくは知らないらしい。
ここはねー専門家がいっぱい居るからね~とじいさんはフゴフゴ笑う。
このじいさんもなにかの専門家なのだろうか、と結城は疑問に思ったが、後に何のとりえもないただの素人であったことが判明する。
我々が住み着く以前から居た不法滞在者だよ、追い出すのも気の毒だから使ってやっている、と春日部は苦笑いで語った。
ところでさ、あなたロックは好き?とふいに真剣なまなざしをじいさんが結城に向けたときのことだった。
けたたましく階段を駆け下りる音が場内に響き、植物工場プラント入り口から亜紀子が息せき切って顔をのぞかせる。
「大変よ!海岸に難破船が漂着した!プラント施錠して自宅待機しろ、って金沢さんが・・・ああもう・・・なんであんたたちがここに居るのよ・・・・」
大きく肩を上下させながらうんざりした表情で結城を見つめる亜紀子。
「・・・余計な好奇心は身を滅ぼす、って習わなかった?結城君」
「いやこれは、好奇心とかそういうのじゃなくて・・・」
「まあいいわ、一緒に来て」
亜紀子の後について階段を駆け上がる一行。
「・・・あなたが漂着してきたのはなにか兆しだったのかもね・・・」
先頭を駆けながらぽつりとつぶやく亜紀子。
結城に返す言葉はない。
「ちょっと!早く!もたもたしないでネジバ・・」
亜紀子が最後尾の老人に声を張り上げ、すべてを言い切らぬ内に、それは起こった。
どおん、と爆発音がしたかと思うと、地の底からわきあがって来るように激しい揺れが地下通路を襲う。
結城はあわてて千紗を抱き寄せると、舞い上がる土ぼこりに咳き込みながら、力任せに扉に体当たりした。
「これは・・・」
植物工場から脱出した結城たちの眼に飛び込んできたのは、わずか1キロほど離れた浜辺で転覆し火を吹き上げる巨大な貨物船の姿だった。
船腹に中国文字が見える。
先ほどの振動はこの貨物船が爆発したことによるもの、だったようだ。
「すいません、僕ちょっと近くまで行って来ます!」
「あ、結城君!」
千紗を亜紀子に預けると、結城は茂みをかき分け海岸へと走った。
近づけば近づくほど貨物船の巨大さに圧倒される。
20万トンクラスの大型タンカーだ。
遠巻きに島の住人が集まっているのがわかる。
結城はその中に見知った顔を見つけると、後ろから声をかけた。
「春日部さん!」
「ああ、君か・・・」
ひどく動揺した表情を結城に向ける春日部。
「なんなんですか・・・これ・・・」
「わしにもよくわからん。だが・・・外装の損傷具合から見るに、昨日今日難破した船ではなさそうだな・・。おそらく商船だと思うんだが・・・何らかの原因で転覆して、半分沈みながら漂流した挙句、この島に流されてきた・・・ように見える」
春日部の目線はタンカーから離れない。
「でも春日部さん、この島の周辺は海流が特殊なんでしょ?僕がこの島に来たとき、普通なら漂着することはない、って言ってたじゃないですか・・・」
「それはそうなんだが・・・ひょっとすると海流が変わったのかもしれん・・・東日本を壊滅させた未曾有の核爆発の後だからな。これまでになかったことがおきても不思議はなかろう」
どうやらタンカーに人は乗っていないようだった。
何かが動く気配はまるでない。
死に絶えたのか、それとも全員の脱出が終わった後なのか。
小さな爆発を繰り返しながら、タンカーの火は一向に収まることなく、更なる爆煙をもうもうと空に舞い上げ続けていた。
「しかしこれは・・・まずいことになった・・・」
「なにがですか」
ふいに真剣な表情で結城を見つめる春日部。
「結城君・・・我々はもう君をこの島から外に出してやることができなくなったかもしれん・・・」
「え、それはどういう・・・」
「結城君、この船はおそらく接岸のショックで船内に残った燃料が引火して爆発したのだろうと私は思う。そして重要なのはな、結城君、我々には、この火を消し止める手立てはない、という事だよ。この島には警察も消防も存在しないからな。それがどういうことかわかるかね?地図にもなく、GPSからも存在を抹消されているこの島が全世界に向けて物理的に存在をアピールしている、という事だよ。おそらくこの火に人民軍が気づかない、という事はありえないだろう・・・ひょっとするともうすでに戦闘機なり軍用船なりがこの島に向かって進んできているかもしれない。ははっ、こういう形でこんなにも早く終わりが来るとはな・・・・」
掌を額に当て自嘲気味に春日部は吐き捨てる。
「春日部さん・・・」
「・・・なんだね」
「すべて話してもらえませんか。このまま、何もしらないまま軍隊に蹂躙されるのは納得いきません。ここに居る以上、僕にも知る権利はあるはずだ」
「・・・いいだろう。こうなってはもう秘密もクソもないしな」
春日部は踵を返すと、顎で結城について来るよう合図した。
_残照の滑空機~第3章~ へつづく_
story by "ネジバナ"様
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残照の滑空機~第3章~
画像をくりっくするとおっきくなります。

~第3章~
春日部の屋敷の居間に通された結城は、とつとつ語る老人の独白に、1人耳を傾ける。
結城君、君は金沢と会ったときになにか気づかなかったかね。
ああそうだ、金沢喜一郎、と言えばわかるんじゃないか?
ふと結城の脳裏にテレビの画面がフラッシュバックする。
あ、ひょっとして・・・民自党の官房長官だった・・・。
そう、民自党の金沢だよ。
この島はな、本来金沢のプライベートアイランドだったんだ。
あの事故が起こったとき、金沢は幸いにも政務で大阪に居た。
一都集中型都市である日本で起こったあの事故はな、東京壊滅という事態によって総理大臣も含め多くの閣僚を一瞬で死においやった。
日本という国の舵取りは偶然にも生き残った金沢の手に託されることを余儀なくされてしまったんだ。
でもな、結城君、考えてもみたまえ。
国土の半分を失い、国民の多くを失った日本が、突然の中国侵攻を前に、事後処理もままならぬ状態で一体なにができると思う?
金沢はな、考えに考えた挙句、すべてを放棄することにした。
日本の再生はもう不可能だ、と彼は判断したんだ。
金沢は戦火に逃げ惑いながらアメリカと交渉をもった。
日本のすべてをあなた達に売り払う、と。
国際世論が内政干渉だ、と騒がない公式な手続きを経て、秘密裏に日本のそのすべてをあなた達に明け渡す、と。
我々にはもう自国民を守る力もすべもない、と金沢は訴えた。
その結果、樹立したのが福岡の傀儡政権だ。
実は福岡の総理大臣、公的には民自党が選出したことになっているがあれは日系三世なんだよ。
アメリカの上院で政務官をやっていた男だ。
ただし、日本をアメリカの不沈空母にする以上、せめて見返りが欲しい、と金沢は言った。
私はいずれ売国奴としてその名を世界中でさげすまれることになるだろう。
日本古来の風習に従うなら割腹自殺でもするべきだ。
だが、私にはまだやり残したことがある。
それを軌道に乗せるまではまだ死ねない。
金沢のやり残したこと、それがな、結城君、この島なんだよ。
金沢はな、初めて衆院に当選した暁、誰もが飢えない世界を、誰もが文明の恩恵を受けられる世界を、と本気で考えていたそうだ。
金沢は腹心の部下と各分野の専門の科学者を引き連れてこの島に渡った。
同時にこの島は海図からもGPSからもアメリカの手によって抹消された。
植物工場はもう見たろ?
あれはこの1年の間にようやく軌道に乗せた産物だ。
あの技術が世界中で使われれば少なくとも今よりは世界は豊かになる。
ほかにも水素燃料を工業化する研究や、延性帯涵養地熱発電の研究、放射能を完全にシャットアウトし、地表から除去する研究もここでは行われている。
確かに金沢は日本を捨てた。
だが金沢はさらにその先を見据えて、世界に冠たる日本の高い科学力を、後世の人類のために残そうと考えた。
金沢は間違いなく裏切り者だ。
君達を見捨てた。
しかしな、もし君が金沢ならどうする?
アナクロニズムに総玉砕の号令をかけるかね?
アメリカに日本を売り渡すのと、どちらが死人が少なく済むと思う?
結城君、ある意味で日本人はもうこの世界に居場所をなくしてしまったんだよ。
海外に逃げた同胞も、放射能を巻き散らかした国の人間、と非難されることを恐れて中国人のふりをしているぐらいだからな。
間違いはたくさんあった。
だから金沢はせめてその間違いを、この島の研究成果でつぐなおう、としているんだ。
故にこの島には若い人は居ないんだよ。
過ちを犯したのは我々の世代だから。
ここはね、罪人の流刑地であって、ノスタルジーを仮装したホスピスなんだ。
もちろん身勝手なヒロイズムなのは全員が承知している。
わかってくれとはいわない。
お前達だけいい目を見やがって、といわれれば返す言葉もない。
しゃべり終えた春日部は大きく息をつくと、手元の湯飲みをぐいと空ける。
結城はひどく混乱していた。
金沢の考えはわからなくはない。
でも金沢が日本を見捨てたことが、間接的にせよ香苗の死と関わっていない、と言い切ることができるだろうか?
またそれとは裏腹に、もし自分ならいったいこの後始末をどうつけただろう、という思いもある。
僕は一体、誰に復讐すればいいのか。
しばしの沈黙の後、口をついて出た言葉は結城の乱れる心とはまるで関係のないセリフだった。
「アメリカに・・・救援を求めることはできませんか・・・」
「無理だろうな。いくら研究成果が欲しくても今の国際情勢で金沢とアメリカ政府が裏で取引をしていた、と知られることは致命的だろう。そんな危険を冒すぐらいならアメリカはこの島を見捨てる」
「でもでも、せめて千紗ちゃんは・・千沙ちゃん1人ぐらいは・・・」
ふいに春日部は腕を組み、考え込む。
「・・・あの子は不憫な子でな・・・本来なら連れてくるべきではなかったんだろうが・・・色々事情が重なって・・・しかしまあ、千紗1人なら・・・千紗だけなら・・おそらくは・・・」
「おそらく?」
「結城君、私はな、こう見えても生体工学の専門家なんだ。島には次世代コンピューターの専門家も居る。実験では・・・」
春日部のセリフをかき消すように突如、ぶおん、と凄まじい轟音が天井をびりびりと震わせる。
「きたか・・・・」
「早すぎる・・・・」
窓の外に、小さく旋廻する人民軍の小型戦闘機が見える。
みるみるうちにその機体は数を増やしていった。
「先生!大変です!戦闘機から兵士が!兵士が上陸を始めてます!あれ?千沙ちゃんはどこ・・・・」
息せき切って扉を開け、飛び込んできた亜紀子は、ふいをつかれたように呆然とした表情で室内を見渡す。
「千紗は君が見てたんじゃないのかね?」
こわばった表情で春日部が亜紀子を詰問する。
「え・・・だって、千沙ちゃん・・あのあと・・結城君追っかけて海岸に走っていっちゃったから・・・てっきり結城君と一緒に居るもんだって・・・私・・思って・・」
「千紗!」
結城は椅子を蹴り上げると全身を躍らせるように外へと駆け出した。
何故か香苗の笑顔が幾度も結城の脳裏に浮かんでは消える。
生い茂る木々を振り払いながら結城は一直線に海岸を目指し、全力で疾走した。
間に合わせる、今度こそは間に合わせる、と結城は何度も呪文のようにつぶやいていた。
「千紗!」
まだくすぶり続けるタンカーのそばで、珍しげにその煙を目で追う千紗を発見したのは、結城が砂浜に足を踏み入れたのとほぼ同時だった。
千紗から300メートルほど離れた後方にふわふわと舞い降りてくる落下傘の群れ。
「千紗、逃げろ!逃げろ!」
千紗は動かない。
目の前の光景に心奪われたままだ。
砂に足をとられながら結城は死にもの狂いで走る。
落下傘の兵士が結城の存在に気づき、なにか声をあげている。
あと200メートル。
この身を盾にしてでも。
例え銃弾に倒れようと千紗だけは。
ばさり、ばさりと兵士が次々に海岸に着地し、すばやく銃を構える。
「打つな!打つなあ!」
「千紗ちゃん!」
はるか後方から後を追ってきた亜紀子の声が響く。
それが一番最初に着地した兵士の気を一瞬そらす。
海岸に、ぱすっ、とくぐもった音が響く。
踊るようにその場に崩れ落ちる亜紀子。
その隙に、結城は千紗を抱え上げる。
一切振り返らない。
何も見ない。
驚いた表情の千紗を胸元に、結城はそのまま潅木の茂みに向かって足を止めることなく、全力で駆け続けた。
続けて幾度か響く、銃の射出音。
へたくそめ、俺には当たらない、絶対にあたらない。
茂みまであと100メートル。
身を隠すことができればきっと何とかなる。
地の利で撹乱してみせる、絶対に逃げ切ってやる、と唱え続ける結城の右足に赤い華が咲いたのは残り50メートルの地点だった。
派手に前のめりに転がる結城。
それでも決して結城は千紗をその両手から離さなかった。
千紗の頭を抱えるように肩口から転倒。
後方からブーツが砂をかむ音がする。
「千紗、お逃げ、あと少しだ、さあ、走って・・・」
結城は立ち上がることができずに這いつくばったまま、目の前で呆然としゃがみこむ千紗に精一杯の笑顔で笑いかけた。
千紗が顔をくしゃくしゃにして懸命に結城を引き起こそうとする。
「いいんだ、千紗、僕はいいんだ。早く、早く逃げるんだ千紗、わかるかい千紗、逃げろ、逃げるんだ千紗!」
伝わらぬもどかしさに結城は幾度も両手を使ってジェスチャーを繰り返す。
それでも千紗は動こうとしない。
「千紗、お願いだ逃げてくれ!」
結城の後頭部に冷たい銃口がぴたりと当てられたのはその時だった。
ああ、今度も間に合わなかった、と結城は嘆息する。
僕は最後まで役立たずだった。
ごめんよ千紗。
助けてあげられなくて。
千紗が兵士を見上げ、何かを訴えようと懸命に両手を動かす。
兵士はそれを見て、わずらわしげに千紗を銃の台座で振り払った。
千紗の小さな体がふわりと弧を描いて砂浜にどすん、と転がる。
そのままぴくりとも動かない千紗。
もう、何も見たくはない、と結城はそっと目を閉じた。
・・・もし生まれ変われるとしたら今度は、僕は、千紗の声になり、耳になろう。
ああそうだ、その前に香苗に仲良くしてやるよう、言い聞かせなきゃ。
ああ見えて香苗は癇癪持ちだから。
香苗は歌が上手だったから、きっと千紗に教えてやることができるに違いない。
・・・歌える喜びを、僕は、千紗に伝えてやろう。
とりとめもない思考に囚われながら、結城は観念して最後の時を待った。
とても静かだ。
波音しか聞こえない。
だが結城がすべてをあきらめて待ち続けた最後の瞬間は、いつまでたっても彼の身に訪れようとはしなかった。
波の音に混じって小さく低く、なにかの駆動音がする。
この音はなんだ。
思わず結城は身を起こし、兵士を振り返る。
そこに広がる光景は、にわかには信じがたいものだった。
「え、亜紀子さん・・・」
能面のような無感情を表情にはりつけて、手足をばたつかせる兵士を片手で高々と頭上に釣り上げる亜紀子。
駆動音は亜紀子から聞こえていた。
大きなモーションもなく軽々と亜紀子は兵士を海に向かって投げ捨てる。
はるか沖合いにじゃぼん、と水しぶきが上がる。
これはいったいなんの冗談なんだ。
続けざまに響く銃弾の発射音。
すべてが命中しながら亜紀子は身じろぎひとつしない。
ふいに身を沈めたかと思うと亜紀子は砂を蹴り、後方にいた兵士の元に恐るべき速さで接近、抵抗をものともせず目にもとまらぬ速さで次から次へと彼らを海に投げ捨てる。
上陸部隊が1人もいなくなるまで1分とはかからなかった。
ゆっくりと結城の元に歩み寄る亜紀子。
「マスター、ご命令を」
亜紀子のいつもの声ではない。
どこか抑揚がなく、無感情だ。
「え、何の冗談・・・ていうか・・あの、なんなのこれ?撃たれたよね、さっき?」
「命令すればいい、結城君。君は04にマスターと認められた」
いつのまにか結城の頭上に、千紗を抱えて佇む春日部が言う。
まるで状況を把握できぬまま、結城は感情の赴くままぼそりとつぶやく。
「じゃあこの島を、この島を、敵から守って・・」
「了解しました」
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ふっ、と空気が渦を作ったかと思うと、次の瞬間には亜紀子は大空に舞っていた。
残照を背にうけ、きらきらと光りながら島の上空を滑空する亜紀子。
徐々に速度を上げながら、大気を震わせ、亜紀子はみるみるうちに戦闘機に近づいていく。
ぱあ、っと赤い炎が季節はずれの花火のように夕空に咲く。
それは立て続けにふたつ、みっつと、薄暮を彩った。
「春日部さん、なんなんですかあれ・・・。僕、頭おかしくなっちゃったんですかね」
足の痛みも忘れ、夕空を見上げながら呆然とつぶやく結城。
「うーんまあそういう反応だろうなあ、普通は。でも安心したまえ。君は正常だ」
「・・・だってあれ・・・まるで古いアニメみたいじゃないですか。009?アトム?冗談じゃない・・・ありえない・・・」
「君はメタルメイデン、って聞いたことないかね」
「え?メタルメイデン・・・・あっ!」
戦局も末期、疲弊しきった日本においてネット上でまことしやかに流れた噂があった。
実は日本にはまだ最終兵器が残っている。
日本の技術力を結集して作られた戦闘用人型アンドロイドが3体秘密裏に開発されていて、最後にはこの3体が戦局をひっくり返す、と。
多くの人々はオタクの妄想、世迷いごと、現実を見ろ、と鼻で笑い、激昂した。
だがこの都市伝説ともいえる奇妙な噂はいくら叩かれても、不思議に消えることはなかった。
「一部情報がもれてね。ネットで話題になったりしたが・・あれは本当だ。製造に関わった私が言うんだから間違いない」
「そんな・・ばかな・・」
「元々は介護用の自立型ロボットの開発だったんだ。それが開戦という事態になって、これを軍事用に改造できないか、と言うのが金沢の依頼だった。ちょうど反重力エンジンの実用化にめどがついたところでね。量子コンピューター制御によるAIを搭載すればうまく行くのでは・・と思ったんだが・・3号機までは失敗した。唯一の成功例があの04だ。うーん、でもちょっとまだ出力が上がった時の駆動音がうるさいし、飛行時に機体のブレが生じてるなあ」
まともそうに見えてこの人はやっぱり研究者だ。
専門バカだ、と結城は思った。
「あの、SFじゃないんですから。反重力エンジンに量子コンピューターって、どれもまだ現実に運用されてないし、特に前者は疑似科学じゃないですか」
「何言ってるんだ君は?1976年にイギリスの時計屋が偶然にもタイムマシンの原理を発見した、という話を知らないのかね?いいかね、先進的な技術は開発されても必ずしも世に出るとは限らんのだよ。オーバーテクノロジーによって大損する連中が多くの場合、権力と近い関係にあるのが資本主義社会なんだ。君達に知らされていない技術がいったいどれぐらい国家には秘匿されてると思う?」
胡散臭い話ではあった。
だがこの現実を目の前にすると、春日部の言葉も妙な説得力を帯びてくる。
04は上空の戦闘機をおおむね片付けると、次は沖合いに見える船に照準を定め、一直線に機体を翻した。
ソニックブームが衝撃音をともなって大気を切り裂く。
「あの、じゃあ、じゃあ亜紀子さんは、いったいどこへいっちゃったんですか・・・」
「ああ、亜紀子は04のAIが作り上げた仮想の人格だよ。なかなかうまくできてただろ?本物かと思うぐらい。量子コンピューターの計算速度は古典的なコンピューターの数億倍だ。あれぐらいの芸当は04にとってたやすい作業だよ。あからさまにロボ、であるより、あの方が親しみやすいだろ?まあちょっとリアルすぎたきらいはあるが。今回のようなケースに即座に対応できなかったことは反省点ではある。量子コンピューター制御のAIってのは人間の脳以上の働きができるんでね。私にも本当のところはどうなっているのかよくわからんのだ。ま、それを抑制するためのマスターシステムなんだが」
「は?」
「04が完成したのは我々がこの島に渡ってきた後だ。私達はね、04を千紗の子守兼護衛役、としてこの島に残そう、と考えていた。後数十年もしないうちに私達はみな死に絶える。残された千紗はどうなる?聾唖の少女がどうやって1人で生きていく?ただね、04はその高い機能性から高度な兵器ともいえる。むやみにその性能を発揮されてはいらぬトラブルを招きかねない。だから私達は04に、千紗に害を与えるものに対してだけその実力を行使するよう、リミッターをかけた。それがマスターシステムだ。このシステムには副産物があってね、同じように千紗を守ろうとする人間に対してもシステムは起動する。つまり君だ、結城君」
沖合いで大きな火柱が上がる。
04の戦闘性能はその大きさに比例せず、戦艦クラスでさえ相手にならないようだった。
「試算ではね、04は最低150年は起動し続けるはずだ。見ての通り現行の兵力程度では04の防御網を突破してこの島に到達するのは不可能、と言えるだろう。さすがに核爆弾でも打ち込まれた日にはそれも難しいかもしれないが、今の世の中で核を使うことは国際世論が許すまい。つまりこの島は今後、恒久的な平和が、少なくとも君が生きているうちは確保された、という事だ。・・・おっと、こんなものがあるならどうしてもっと早く出さないんですか、とか言うなよ。私達自身のために04を使うわけにはいかない、と言うのは君にもわかるだろう。それならまずは04を使って内地の国民を救ってやるべきだからね。しかしだ。さすがの04とはいえ、ただの1体では戦局をひっくり返すのは不可能に近い。いた ずらに戦争を長引かせるだけになりかねない。メタルメイデンシリーズは3体の失敗でその幕を閉じたんだよ。04はね、千紗のためだけに作られた私達のエゴイズムの産物であり、プライベートブランドなんだよ、結城君」
沈む夕日を背に、すべての戦闘を終えた04がゆっくりと海岸目指して飛行してくる。
その姿はまさに現実になったSFそのものだった。
「結城君、どうだろう・・この島に、このまま残るつもりはないかね。04はすでに君をマスターと認めた。君の指示なら千紗の利益に反することがない限りすべてにしたがうだろう。千紗の届かない声に代わって・・・君が04を操ってはくれやしないか。私は・・この島の研究成果をすべて君に託そうと思う。すでにマスターとなった君に、金沢も大きく異論はあるまい。研究成果を・・・君と04が世界のためにどう使うかを決めてくれたまえ。私はそれが一番正しいような気がしてきた。それともまだ・・・入隊したいかね」
いつの間にか目を覚ました千紗がくりくりと愛らしい目で興味深げに結城を見つめていた。
額のこぶが痛々しい。
「僕は・・・・」
ひゅん、と小さく駆動音を響かせて、砂埃を舞い上げながら04が結城の隣に着地する。
04はにこりと笑うと、まるで人間であるかのようにしなやかに声を発した。
「マスター、次のご命令を」
_残照の滑空機 ~完~ _
story by "ネジバナ"様
画像をくりっくするとおっきくなります。
